【頂き物】最上の贈り物【菊地寛さん】

菊地さんが、「いい子に萌えてる子にはプレゼントを!」とのことでいただいたメガスタクリスマス!
なんというハッピーメリークリスマスだったのか!(;゚∀゚)=3ハァハァ
なのでメガスタは新婚さんでスタちゃんは妊娠中です。妊夫さん(*´Д`)/ヽァ/ヽァです。

『最上の贈り物』

今年のクリスマスは終戦後初のクリスマスだ。世間はそれはもう盛大に賑わい、イルミネーションもショウウィンドウも記憶にある戦前の様子よりもはるかに豊かできらびやかで、皆ようやく訪れた平穏を心行くまで享受しようという気合いに満ち溢れているように見える。
そんなわけで、どこもかしこも派手に輝いているものだから、あまり戦前の記憶の無い若い奴ら(ビーがその代表格か)がすっかり浮き足だつのも無理はない。昼休みに買い出しに行く度に街のクリスマス飾りに見とれ、帰って来るのが遅くなったり頼んだメニューと違う物を買ってくる…等々の弊害が生じているのだが、ベテラン組はこのシーズンが終わるまでの忍耐だと苦笑で済ませている。
なんといっても、クリスマスなのだから。
アイアンハイドも今日は、ラチェットと久々に家で過ごせるクリスマスだった。付き合いはじめて間も無く戦争が勃発したので、二人で家で穏やかに過ごした事は一度しかないのだが、戦争中もこのシーズンはあの善き夜を思い出して辛い日々を耐えてきたアイアンハイドにとって、再び二人健やかにこの日を迎えられたことは何にも勝る平和の証明だった。
しかしーー間が悪いことに直前までお互い仕事が忙しく、七面鳥もちょっといい酒も用意する暇がなかったのはなんともいただけなかった。
最悪、いつもの夕飯にビールと言ういささか寂しい食卓になるところだったが、どうやら二人とも運と部下には恵まれているらしい。ラチェットの優秀な助手は、自分たちのついでに鳥を(しかも丸々太ったガチョウだ)用意し届けてくれ、彼と同棲している我がバカ弟子も、知り合いのワイナリーで買った無名だが味のいいワインを二本も届けてくれたのだ。
お陰さまで、人並みのクリスマスディナーを楽しむことができそうなのは大変有り難い。
ただ、問題があるとするならば、ただ一点…
「おーい、ラチェット、電話だぞー!」
鳥をさばいているところで電話が鳴って、アイアンハイドは強めの声で呼んだ。掃除を担当していたラチェットはすぐにやってきて、「ジョルトかな?」と呟きながら受話器を取り上げると、「ああ、君か」と言ってヒソヒソ話始める。
とりあえず急患の呼び出しでないことに安堵して、アイアンハイドは肉の処理を終えたサバイバルナイフから脂を拭う。ラチェットは嫌な顔をするが、やはりこちらの方が包丁よりも上手くやれる。
「アイアンハイド」
ナイフの処理を終えた頃、ラチェットがキッチンに顔を出した。丁度いいタイミングだ。
「鳥の下拵え終わったぞ。後は…」
「電話だ」
中身を詰めてハーブをまぶすなどの調理を担当するのはいつもラチェットだったから、鳥の引き継ぎをしようとしたアイアンハイドに、しかしラチェットは子機を突き出した。
「ん、俺にか?ジョルトか?」
バカ弟子があの良くできた子を困らせているのかといぶかしむアイアンハイドに向けて、ラチェットは片目をつぶってみせた。
「スタースクリームからのご指名だよ」
「えっ?!
3ヶ月ほど前、無事にメガトロンと挙式して、今は新婚真っ最中で幸せの絶頂にある元航空参謀がいったい何の用なのか。メガトロンは今年のクリスマスはオプティマスのはからいで完全に休みのはずだから、今頃は二人で…いや、お腹の子も含めて家族三人で、余所見する暇も無いくらいに幸せな時間を過ごしているのではないのか……?
「なんで俺に?」
「詳しくは当人から聴け、色男」
押し付けられるように子機を受け取ったアイアンハイドは、その後一分もせずに通話を終え、コートを掴んでいた。
「ラチェ、俺、ちょっと出て…」
「早く行かないか。帰りに買ってくるのを忘れるなよ」
アイアンハイドはとっくに了解済みな顔をしたラチェットに尻を叩かれるようにして家を出ると、街へ向けて走り出した。

電話口でスタースクリームが泣いていたから。

彼は、閑静な住宅街にほど近いカフェのオープンスペースで、独り座っていた。今にも雪がちらつきそうな気温で、もう日も陰ってきたこの時刻、いくらイルミネーションが見事とは言え外でお茶を楽しむ酔狂な人間はそう居ないから、彼はぽつんと冷たい風に吹かれていた。
「スタースクリーム、待たせた」
息を整えながら声をかけると、うつ向いた姿のまま固まっていた彼がようやく顔を上げる。あの情報参謀を思い出させるバイザーで顔の上半分を隠し、首から下は軍支給のかっちりしたコートに包まれている今、シャープな顎のラインやきつく結ばれた口許とあいまって、彼はどこからどう見ても凛々しい青年将校に見えた。実態は、新婚の妊婦なのだが。
「どうしたんだ、スタースクリーム?」
やって来た店員にオーダーし、向かいの席に座っても、スタースクリームは何も言わない。イルミネーションの間をぬって家路を急ぐ家族の幸福そうな様をじっと見詰めているだけで、赤いバイザーの表面にライトの明かりが写り込み、彼のいかなる表情も覗き見ることはできなかった。少なくとも、動揺の翳りなどは、微塵も。
ーークリスマス・イブに悪いが、相談に乗ってくれ。私ひとりではもう、どうしていいか分からない…。
そう、涙でつっかえながら電話の向こうで、しかも身内でもない自分に助けを求めたのだからには、相当な悩みだろうに。
「ーーお待たせいたしました」
「ああ、珈琲は俺だ。それはこっちに…その珈琲は下げてくれ」
程なくやって来た店員に、スタースクリームの前に置かれていた、微塵も手をつけられていない冷めきった珈琲を下げてもらう。
代わりに、同じ場所へ、アイアンハイドは湯気の立つカップを押しやった。
「スタースクリーム、飲め。いつからここに居るか知らんが、すっかり冷えきってるだろう?お腹の子供が寒がるだろうが」
子供の話題を出した途端にスタースクリームはピクッと肩を揺らし、視線がテーブルの上に落ちる。
甘い芳香を立ち上らせるココアに。
「ラチェットが言っていたが、ここのは旨いらしいぞ。子供のために、ひとくちだけでも飲んでやれ」
アイアンハイドの言葉に背を押されるように、すっかり血の気を欠いた両手がカップを掴む。
スタースクリームはまるで生まれて初めて味わうかのような慎重さで、ココアに口をつけた。
「旨いか?」
白い顔が頷く。
そして、温かな優しい甘さに緊張の糸がぷっつりと切れたのか、スタースクリームは、
「ーーう、うっ…うぅ、うううぇぇ……っ!」
堰が切れたように泣き出した。
バイザーをはずし、指で零れる涙を拭う彼の目は、すでに真っ赤に腫れあがっていた。いったいいつから泣いていたのか。
「どうしたスタースクリーム、メガトロンと何かあったのか?」
出掛けに、コートのポケットにハンカチを何枚も押し込んできたラチェットに感謝しながらそれを差し出し、アイアンハイドは大粒の涙を溢れさせるスタースクリームに極力優しく声をかける。肩を震わせてしゃくりあげる様がなんとも子供のようで、ついつい親友の幼い愛娘に対する時のようにぎこちないくらい柔らかい声を出してしまうが、この場合は構わないだろう。
「喧嘩でもしたか?」
店内から店員が何事かとこちらを凝視しているのは分かっていたが、無視を決めこむ。
今はとにかく、この手のかかる新米妊婦を宥めねばならない。本当にお腹の赤ん坊に障りが出てしまう。
「俺で良ければ話してみろ、な?」
「メガトロン様が…メガ様がぁ……」
ハンカチで目許を押さえたスタースクリームは、振り絞るような声で言った…ーーその内容にアイアンハイドは耳を疑ったが、確かに彼は言ったのだ。
「メガトロン様が浮気した…」
と。

「浮気?あいつが?」
あの多情な男のことだ、いくら若い嫁を貰ってもまたぞろ悪い虫が騒ぎ始め、まあ数年後には火遊びのひとつもするだろうというのが大方の予想だったが、これはあまりにも早すぎる。結婚式からまだ3ヶ月しか経っていないではないか。
それに、ああ見えてメガトロンはこの新妻を大切にしているし、オプティマス経由の情報だが、子供のことも大層楽しみにしていると聞く。
なにより、妊娠も安定期に入り、それなりに夜の性生活の方も上手くいっていたのではなかったのか。
「スタースクリーム、それはお前の勘違いじゃないのか?」
妊娠中はなにかと神経が過敏になり、些細な事で怒り出したり、夫の行動に疑念を抱いてしまう者も居るという。
ーー定期検診に付き添った夫が女性看護師にトイレの場所を尋ねただけで嫉妬して、院内で大騒ぎを始めた妊娠も見たことがあるぞ。いくらホルモンバランスが崩れているせいとはいえ、あれは夫が気の毒だったな。まあ、元々の性格のせいも多少はあるのだろうが…。
チェットの話を思い出しながら、アイアンハイドは宥めるように言う。スタースクリームは元々、神経過敏なほうだ。メガトロンの些細な行動を、悪い方に悪い方にとってしまったのではないか。
しかし、スタースクリームは、ふるふると頭を左右に振る。大きな瞳が潤んでいる今、その様はいよいよもって子供っぽかったが、形のいい唇から出てくるのはあまり微笑ましいとは言い難い内容だ。
「ここ1ヶ月くらい、休日の午前中にメガトロン様は必ず外出する。数時間で帰って来るから気にしていなかったが、ある日気付いた……メガトロン様が外出先でシャワーを浴びて帰ってくることに」
それは…と息を飲みかけたが、アイアンハイドはなんとか平静を保つ。
「ジムか射撃場でトレーニングじゃないのか?あと…そうだ、メガトロンは乗馬もやるだろう?それじゃ…」
「レーザーウェーブの家だ」
ポロリと涙がまた一粒、赤くなった頬に零れ落ちた。
「今日、後をつけたら、メガトロン様はあいつの自宅に入って行った。メガトロン様は出迎えに出てきたあいつの肩に腕を回して、あいつは嬉しそうに言っていたーー今日も時間どうりですね、と」
光景を思い出したのか、再びしゃくりあげ始めたスタースクリームを前に、アイアンハイドは言葉を失っていた。
メガトロンが訪ねた先が他の部下…そう、例えば、サウンドウェーブであれば、スタースクリームも絶対に『浮気』とは思わなかっただろう。もしメガトロンが別の下着を身に付けて帰って来たとしても。
しかし、レーザーウェーブとは相手が悪い。メガトロンに古くから仕えた部下で、あのしたたかな男さえ信用をおく数少ない人間のひとりであり、彼のメガトロンへの忠誠も、あの黒髪の元輸送兵でさえ子犬に見えるほど強固であり、深い。側近中の側近であろう。
アイアンハイドも戦前に面識があり、普段は温厚で常識的な、メガトロンの側近の中では一番の紳士…という認識しかなかったが、彼が必要とあらばメガトロンに匹敵する冷徹かつ苛烈な残忍さを発揮するという事を、戦中にいくらでも知ることができた。
レーザーウェーブ、彼は一筋縄ではいかない男だ。
何より今ここで問題なのは、あの男がメガトロンに対して明らかに好意を抱いている点だ。若いスタースクリームは知らないかもしれないが、メガトロンが防衛長官就任式の後のパーティーに唯一伴ったのが、当時のきらびやかな愛人の誰でもなくただの部下であるレーザーウェーブで、連日ゴシップ誌を賑わせた事があった。
いわく、
≪メガトロン卿がついに陥落!本命はこの若い士官か?!≫
だ。
ーーよほど他に書くことが無かったのだな、この記者は。
レーザーウェーブはそう言って笑っていなしていたが、表情には親しみと微かな甘さがあり、あれは実は本当のことなのではないか…そう思ってしまった。
そのくらい、あの主従は今も昔も距離が近いのだ。
「え、えーとだな…」
上手い言葉が見つからず、アイアンハイドは寒風に吹かれながら冷や汗をかいた。ガチョウの丸焼きなどどうでも良いから、やはりラチェットを連れてくるべきだった。この手の話は、自分の手にあまる。
だからアイアンハイドが頭をひねってようやく口から出たのは、ひどく平凡な言葉だった。
「あー、とりあえずだな、どこか暖かい所に行こう。このままじゃ凍りついちまうからな」
アイアンハイドはテーブルに代金とチップ込みの紙幣を置き、スタースクリームを急かすように立ち上がった。店内からこちらを見詰める店員の視線が険しくなり(あれは明らかに、いわくありげな若い美人をいかついオッサンが泣かせている、許せん!の目だ)、いい加減いたたまれなくなってきたのだ。
「とりあえず家に帰れ、送るから」
あたふたと通りを歩き出しながらそう言うと、スタースクリームはかぶりを振った。まあ、無理もない話だ。浮気から帰ってきた夫と鉢合わせするかもしれない家など、誰だってごめんだろう。
「なら、俺の家に来るか?今年はでかいガチョウを焼いていてな、お前の食いぶちくらいはある」
「いいのか、二人きりじゃなくて…?」
「いいぜ。戦争も終わって、あいつとはこれからずっと一緒に居られるからな。今年くらい構わんさ。それに、お前、いつからそんなに控え目な性格になった?お前はもっと、図々しい奴だろうが」
「ーーうるさいオッサン。その臭いケツ、戦闘機の鼻先でブッ刺すぞ」
悪態をつきながらも血の気の薄かった唇がふんわりと微笑んだので、アイアンハイドもつられたように破顔した。
「ラチェットのメシは大雑把だけど結構旨いぞ。お前、今はメシをたくさん食う時期なんだろ?たっぷり食えよ」
「しかし、あまり食べると、腹が…」
スタースクリームはコートの上から下腹に手を置いた。
「もう、かなり目立つんだ」
「そうか?コートを着てたら分からんけどなぁ」
「目立たないようにこのコートなんだ。ラチェットから、発育が良いと言われてる。さすが父親が…」
ふと、スタースクリームの声が途切れ、足も止まったから、数歩先に進んでしまったアイアンハイドが振り返ると、彼はショウウィンドウに両手を着いて中をじっと見詰めていた。
きらびやかなエンゲージリングが幾つも展示された、幸せなその空間を。
「スター…」
「メガトロン様は」
スタースクリームはアイアンハイドの気遣いを遮るように言った。
「一緒に眠るときには、必ず後ろから私を抱くんだ。広い胸が暖かくて、安心できて、いつもすごくよく眠れる。あの方が行方不明だった頃、眠れない夜に苦しんだ事など遥か昔の事のようだ。不思議だな」
赤い大きな瞳の中で、指輪の輝きが揺れる。
「メガトロン様はベッドの中で、いつも私の腹を撫でるんだ。撫でても早く産まれたりしませんよと言っても、試してみる価値はあるぞと笑って撫で続けるんだ、あの大きな手で。俺の初めての子は絶対に息子だって言い張って、きかなくて…」
展示されているどれよりも高価で洗練された真新しい結婚指輪がその薬指で光っているのに、スタースクリームは幸福の名残すら無い空気をまとってうつ向いた。
「アイアンハイド、私は…メガトロン様に捨てられるのか……?」
「まさか、それはない!」
あいつの浮気癖は病気みたいなもんだ、そんな事で別れていたら100万回は別れる羽目になるぞ…そう出来るだけ明るく言いながら傍らに駆け寄ると、スタースクリームは顔を上げた。また涙を、その大きな瞳いっぱいに溜めて。
「だって、だって、相手はレーザーウェーブなんだぞ…!」
そう、そうなのだ。
浮気相手が、これまでメガトロンの周囲を彩ってきた女優とかモデルとかダンサーとかストリッパーなどであれば、スタースクリームもここまで深刻ではなかっただろう。
しかし、レーザーウェーブは駄目だ。相手が悪い。
もしもメガトロンの事を昔から良く知る人物に二人を並べて見せたなら、十中八九、レーザーウェーブと結婚してスタースクリームを愛人にしたのだと言うだろう。
容姿も若さも問題ではない重みが、あの防衛参謀にはあるのだ。
「私はどうしたらいいんだ、なあアイアンハイド、どうしたら?!ようやく再会できて、子供まで作ったのに、もしメガトロン様が私をもういらないなんて言ったら、私、私、もう生きていられない…!!」
「わ、わっ!ちょっと待て、ここで泣くな!」
うわーーと泣き出したスタースクリームに、アイアンハイドは慌ててポケットからハンカチを取り出そうと探ったが、それよりも早くスタースクリームが抱きついてきた。
肩口に顔を埋めているから、彼の柔らかな髪の間から覗く形のいい耳朶はすぐ目の前だった。結婚式の後のパーティーで、シャンパンで気分の良くなってオプティマスに散々冷やかされたメガトロンが、見せつけるように抱き寄せてくちづけた場所でもある。
そして、羞恥に慌てる新妻に気分を良くしたメガトロンがさらにくちづけを降らせた手は、今は震えながら、アイアンハイドのコートをすがるようにつかんでいる。
「よしよし…」
メガ様、メガ様…と愛しい男を呼びながら泣いている背中を、そっと撫でてやる。
親友の娘が、
ーーパパにしかられたの!
と泣きながら膝に飛び乗ってきた時と同じ対応だが、まあ大差ないだろう(ちなみにその時の親友は、柱の向こうから恨みがましそうにこちらを睨んでいた)
「とにかく帰るぞ、スタースクリーム。こんな所で泣いてても、何の解決にもならん。それに体をこれ以上冷やしたら、ラチェットに大目玉をくら…」

「何をやっとるかーっ!!」

突然、ぎょっとするほどの大音量で男の罵声が響きわたった。
クラクションとブレーキ音と悲鳴が、乱反射のように通りに撒き散らされ、アイアンハイドは反射的にスタースクリームを背後に押しやろうとしたが、それは叶わなかった。

目の前に白銀の悪魔が舞い降りたから。

真っ赤に燃え上がる両眼に見据えられた瞬間、アイアンハイドにとって、けたたましいクラクションもドライバーの苛ついた罵声も、すては遠いものとなった。背筋を何かピリピリしたものが駆け降りていったが、それを戦慄だと認識するのに僅かに時間を要した。
「メ、メガトロン…」
「何をやっている、貴様ら」
冷たい冬の宵の空気すら凍てつかせる声には、同時に手もついてきた。
突然の展開に狼狽え固まっているスタースクリームは、握り潰される強さで腕を掴まれ、アイアンハイドから引き離される。
勿論メガトロンは、妻を抱き止めるような慈悲を見せるはずもなく、スタースクリームはバランスを失って冷たい石畳の上に投げ出された。
「スタースクリーム!」
身重の体を案じてアイアンハイドが叫んだが、メガトロンはそちらには一瞥もくれず、冷ややかな眼差しでみずからの妻を見下ろした。
「こんな所で何をやっている、スタースクリーム」
「メ、メガ…様」
「それとも貴様はスタースクリームではないのか?俺の妻ならば屋敷で夫の帰りを待っているはずだからな。なにしろ、俺の大事な跡継ぎを宿した体でな。俺も忙しい身で、妻の行動の全てを把握している訳ではないが、少なくとも俺の妻ならば、こんな往来で夫以外の男と抱き合ったりしないものだ」
夫を見上げるスタースクリームは、真っ青な顔で震えながらかぶりを振った。
「ち、違います、私は別に…」
「そ、そうだぞ、メガトロン、誤解だ。俺たちはそんな…」
弁解しながら駆け寄ろうとしたアイアンハイドは、メガトロンに鋭く指を突きつけられ、足を止める。
指を突きつけながらも、メガトロンの視線はスタースクリームにだけ向いている。まるで、アイアンハイドがそこに存在することすら認めないと言うかのように。
「答えろ、スタースクリーム。貴様は俺に隠れて何を…」
「閣下、お待ち下さい!」
アイアンハイドの背後で、そう声が上がった。
振り返ると、小走りに、紫の髪の逞しい男がやってくる。
特徴的なデザインのバイザーを見ずとも分かる。先程話題にのぼったばかりの男、防衛参謀レーザーウェーブだ。
アイアンハイドに目配せしながら脇を通り抜けると、彼はメガトロンの傍らに立った。
まるでそこが定められた位置であるかのような自然さで。
「閣下、まだ事情も分からぬ事です。どうかお待ちを」
メガトロンは忠臣の言葉をフンと鼻を鳴らすだけで済ませたが、その存在を到底無視できない者が一人いた。
「メガトロン様!」
サッと立ち上がったスタースクリームは、鋭い目付きで夫を睨みつけていた。カフェでめそめそ泣いていた時とは別人のような表情で。
アイアンハイドは慌てた。今の青白い怒りの炎を足下から立ち上らせているかのようなメガトロンに意見するなど、みずから死を招くようなものだ。
「やめろ、スタ…」
制止を遮るように、妻はきつい声で夫をなじった。
「あなたに、私の行動を咎める資格があるんですか?!あなたの方が先に私を裏切ったのに!この、浮気者!!」
「ーーなんだと?」
メガトロンの目が細められる。明らかに剣呑な空気を帯びて。
しかし、激昂し興奮しているスタースクリームはそれにすら気付かず、あろうことか…
「プライマスの前で一生を共にするって誓ったばかりなのに、あなたはまた私を置いて行こうとする!もう、あんな思いはたくさんだっ。もう、あなたの帰還を闇の中で待ち続けるような時間なんて耐えられないっ。ひと…独りにしないでって、あんなに言ったのに!!」
「お、おい、待て…ーー!」
「メガ様なんて、メガ様なんて…ーー大嫌いっ!!」
止める暇も無く、みずからの薬指から引き抜いた指輪を、スタースクリームはメガトロンに向かって投げつけた。
小さな輝きはメガトロンの胸板にぶつかり、跳ね返って、路上に転がる。
ケーキらしき箱を下げているせいで動きにくそうしながらも、レーザーウェーブは慌ててそれを救い上げた。
「スタースクリーム、馬鹿な真似を…」
ホッとした様子で顔を上げたレーザーウェーブの、叱る声が途切れる。
スタースクリームの前で腕を振り上げる主人の姿に。
「ーーか、閣下っ、待……っ!」
忠臣の声を切り裂いて降り下ろされた手がスタースクリームの頬を張り飛ばし、衝撃を受け止めきれず、細い体は木の葉のように大きく吹き飛ばされる。
「スタースクリーム!」
石畳に激突する前に、アイアンハイドが滑りこんで、辛くもその体を受け止める。
その時、腹に触れた手が、かつては無かったふっくらとした丸みを伝えてきて、アイアンハイドは訳もなく動揺した。
確かにこの体の奥に、新しい命が宿っているのだ。
「おい、大丈夫か、スタースクリーム?!」
「う…」
肩越しに覗きこむと、赤黒く腫れた頬に涙は伝っていたが、彼の視線は真っ直ぐ上がっていた。
その視線の先にあるのは勿論…。
「メガトロンさま…」
切なく呼んだスタースクリームの声を片耳で聞きながら、アイアンハイドは何か不思議な物を見ているような気がしてならなかった。
さらに手を上げてくるだろうと…かつてのように、みずからに叛いた部下を畳み掛けるように痛めつけるだろうと思っていたのに、破壊大帝の異名を持つ男が路上で立ち尽くしていたから。
みずからの手を見下ろしながら。
まるで、己のしでかした事が信じられぬように。
「閣下」
主の激しい動揺を見透かしたように、レーザーウェーブが主人とその妻の間に立った。アイアンハイドからは彼の背中しか見えないが、声からするに、きっと穏やかな表情をしているのだろう。
「…その愚か者をかばいだてするのか、レーザーウェーブ」
メガトロンの双眸に微かに剣呑な光が蘇ったが、彼は怖れも見せずに口を開いた。
「スタースクリームは閣下の所有物です。どのように扱うか、全て閣下のお心ひとつ。わたしが口を差し挟むことではありません。しかしながら、彼の胎内には、あなた様の和子様がおられます」
レーザーウェーブの声が静かに続ける。
「わたしが最も懸念致しますのは、これ以上あなた様が感情のままに振る舞われ、そして取り返しのつかぬ事態になった時、あなた様が少なからずお心を傷めるのではないか…それだけの事です。ーーそれと、スタースクリーム」
ゆっくりと彼は振り向いた。
予想どおりの穏やかな表情で、彼はスタースクリームを見詰めていた。
「お前は何か勘違いをしている。わたしと閣下の間には、お前が嫉妬を抱かねばならないような関係など何一つ無い。だから、いくらなんでも、先程の事はお前のやりすぎだと思うぞ」
「なら…なら、どうして、メガトロン様はお前の家に…?」
「ああ、それか」
彼はバイザーの向こうから、チラリと主人を見やった。
その時、またもや、アイアンハイドは不思議なものを見た気がした。
彼の視線の先にいるメガトロンが…凄みのある美貌を不機嫌にしかめそっぽを向いている彼の頬が、微かに赤らんで見えたから。
日が暮れて、いつの間にか街灯の明かりが灯っている中であったが、それしきで、戦場暮らしで鍛えられたアイアンハイドの目が見誤るはずもない。
照れているのか、あのメガトロンが?!
「閣下が拙宅に度々お越しになられていたのは、これのためだ」
ずっと大事そうに抱えていた白いケーキの箱を示して、彼は慈母のごとく微笑んだ。

「閣下がお前のため、手ずからお作りになられたーークリスマスケーキだぞ」

「……いや、驚いたな」
しゃくりあげながら詫び続ける妻を抱き上げ、何事もなかったようにさっさと立ち去ったメガトロンを見送りみずからも歩き出したレーザーウェーブに並んで歩きながら、アイアンハイドがかけた第一声はそれだった。
「何にだ?」
「それは、もちろん…」
言葉を切り、ふと考える仕種をみせてから、アイアンハイドは言葉を継いだ。
「今の出来事すべてだ」
あまりにも多くて一つに絞れん、そう言って肩を竦めるかつての敵に、レーザーウェーブは静かな笑みを向けた。
「スタースクリームは贅沢者で臆病だ。閣下が浮気なさるはずもないのに」
「今までの事があるから、無理ない話だ」
それに先程、立ち去る直前のメガトロンに、レーザーウェーブも穏やかな声ながらはっきりと意見していたではないか」
ーー閣下、そもそも、これまでのいささか華やか過ぎる交友関係がスタースクリームの不安を肥大させたと言うことをお忘れになりませんよう。
と。
メガトロンは返事をしなかったが、耳が痛そうな顔をしていた。
それはもう、物凄く。
「スタースクリームはまるで理解していない」
二人が去った方向をチラリと見やったレーザーウェーブの横顔のラインを、街灯の柔らかな明かりが白く浮かび上がらせる。
光の加減のせいか、彼の表情は穏やかな笑みのままなのに、アイアンハイドの目にはひどく切なく映った。
「閣下の周囲を彩ってきた数々の者たちの中には、スタースクリームより美しい者も居たし、スタースクリームより閣下に夜のご満足を提供できる者も居た。しかし、閣下が、執務机の引き出しの中に写真を入れているのは彼だけだ。結婚式の時の、とてもお幸せそうな…ーーああ、これは内緒にしておいてくれよ、特に国家元首殿には。あの方はいささか、閣下を冷やかす事に情熱を傾け過ぎる。閣下はああ見えて、冷やかされる事に不慣れなんだ」
眉を下げて笑うレーザーウェーブはやはり哀しげに見えて、居たたまれなくなったアイアンハイドは、無粋を承知で話題を変えた。
「…ところで、何でまたメガトロンが、よりにもよって急にケーキなんだ?」
「ああ、あれはな、スタースクリームがあまりに料理が下手なせいだ」
「は?」
訳が分からず首をかしげる。メガトロンの屋敷には幾らでも使用人がいるし、舌の肥えた主のために腕のいいシェフだって当然居る。たとえ妻が料理下手でも、彼らが居るのだからなんの不自由も無いだろう。
そう疑問の目を向けると、レーザーウェーブは愉快そうに肩を竦めてみせる。
「先月の収穫祭に、閣下はスタースクリームに、菓子のひとつも焼けと命じられたそうだ。ほら、作るだろう、ハチミツを使った丸い菓子を」
「ああ。うちのラチェットも作ったな、ハチミツとナッツのタルトを」
「スタースクリームは料理など時間の無駄だと思っているタイプだが、閣下のご要望に応えるべくなんとか作ったらしい……よく分からない、茶色の塊を」
ゲッと、アイアンハイドの喉で声が詰まった。自分の弟子も料理は壊滅的だが、少なくとも何を作ろうとしたか痕跡くらいはあるものだ。
「それで…食ったのか、メガトロンは?」
「勿論、召し上がられた。あの方は、みずからの発言に責任を持つ方だ」
「じゃあ、意外と、味は…」
「生まれて初めて恐怖を感じられたそうだ」
他人事ながら、アイアンハイドは思わず胃のあたりを押さえた。しかし、内心ではメガトロンを大層見直してもいた。
自分なら、ちょっと口にできない。
これも夫婦の愛なのか。
「それで閣下も正直な方だから、『まずい、最悪な味だ。俺をもう一度殺す策略か?』とおっしゃられて…まあ、喧嘩になったわけだ。スタースクリームも頑固で気が強い奴だから、もう二度と菓子など作るか!…となった」
「その腕前なら、もう作らないほうがメガトロンのためだろ?」
オプティマス・プライムと激闘を繰り広げた破壊大帝メガトロンが、食あたりで死にでもしたら、なんだかちょっと居たたまれない。オプティマスは対処不可能なまでに落ち込むだろう。
「閣下はそれでも、スタースクリームに菓子作りをマスターさせたいと仰せだ。しかしスタースクリームは意固地になって、キッチンに近寄ろうともしない。そこで閣下は、ならば自分が作り、『料理などしない俺でも作れる物を、お前は作れんと言うのか?』と言ってやれば、負けず嫌いのスタースクリームのことだ、効果的だろう…と。私もそう思う」
「メガトロンはそんなに甘党か?」
「いや、あまりお好みではない。髪に甘い臭いがつくのを嫌って、必ずシャワーを浴びてから帰られたくらいだ」
「じゃあ、なんでまた、そこまで…」
「生まれてくる子供が、母親の手作り菓子のひとつも口にできないのは味気ない…そうおっしゃっておられたよ」
本日何回目になるか分からない驚きに、アイアンハイドは目をしばたたかせた。
「い、意外と家庭的なんだな。ベタな奴と言うべきか」
「閣下はおっしゃった、『俺は、父親というものがいまだによく解っていない。知る術も知らん。だから、形から入ってみるのもひとつの手かもしれんな…』と。わたしからすると、みずからが父親になれるのかとお心を悩ませているだけで、十分に立派な父親だと思うがな」
「ーーまったくだ」
同意して、アイアンハイドは力の抜けた笑いと息の両方を、同時に喉の奥から押し出した。結局のところ自分は、あの互いを想うあまり空回りしている新米夫婦に振り回されたということだ。よりにもよって、クリスマス・イブにーー…
「あーーーー!!?」
突然大声をあげたアイアンハイドに、レーザーウェーブもぎょっとして足を止める。
「ど、どうした?」
「ケーキを買うのを忘れてた…」
そう、出掛けにラチェットが買ってこいと言ったのは、ケーキのことだった。ガチョウを用意してくれたジョルトだが、流石にケーキまでは気が回らなかった。
「この時間になんて、とても無理だと思うぞ」
冷静に言われ、アイアンハイドは脱力した。イブの夜、店はさっさと店仕舞いする。ケーキ屋も例外ではない。
場合が場合なので、買えなくてもラチェットは怒ったりしないだろう。しかし、甘い物が大好きな彼ががっかりするのは間違いなく、アイアンハイドにとってそれは痛恨だった。
愛しい彼には笑っていてほしい。
今日はクリスマス・イブなのだから。
「…なあ、アイアンハイド」
しょんぼりしているいかつい男に、レーザーウェーブは笑いを噛み殺しながら提案した。
「ホールケーキでなくても構わないなら、用意してやろうか?」
「え?!」
「我が家に閣下の試作品がたくさんある。形が崩れているだけで味には問題がないから、それでトライフルを作ろう。ラムをたっぷりうって、チョコレートと…」
「い、いいのか?」
「構わん。閣下の手作りの菓子を旧敵に食わせるのはいささか癪ではあるが、傷ませるよりはいい。それに、お前がケーキを買い損ねた原因は閣下の家庭事情だ。詫びの代わりでもある」
「そうか、助かる」
「その代わりと言ってはなんだが、ちょっと手伝ってくれ。これから情報部に缶詰になっている友人や、風邪が蔓延してるドローン舎に泊まり込んで対応している若いやつらに差し入れるパイとキッシュを焼くから」
「す、凄いな…」
どこまでも律儀に驚く男に、レーザーウェーブは白い息の向こうで微笑んだ。
「クリスマス・イブだからな」

主人が頬を腫らして泣きじゃくる妻を抱きかかえて帰宅するというのは、個性的な連中の出入りが多いこの屋敷においても常ならぬことで、普段は躾のよいメイドたちが動揺したのも無理からぬ事であった。長い足の主人を追って小走りになる彼女らは、寝室に妻を運び入れたメガトロンの後ろでもあれやこれやと騒いでいたが、
「ーー去れ」
という低い一声に冷水を浴びせられたように身を竦め、あっと言うまに退いた。主人の命令に即時従う、この屋敷に勤める者なら骨身に染みていなければならない言葉であり、彼女らも例外ではなかったのだ。
さわさわとスカートが擦れる音が階下に遠ざかると、後に残ったのは、救急箱などの必要な品を携えた執事だけだった。
彼もそれらを部屋に運び入れ、メガトロンからコートとケーキの箱を受け取ると、端整な一礼を見せてするすると退く。メガトロンを青年の頃より知り、大戦中は生死不明のまま長く行方の知れなかった主人に代わって家内を滞りなく取り仕切ってきたあの執事は、今頃、メイドたちに翌朝まで寝室に近付かないよう指示を出し、みずからは万一の時のために近くの使用人部屋で控えているのだろう、いつものように……主人の気分が落ち着かない時にはいつもそうであるように。
「スタースクリーム、いい加減にしろ」
そんな主人と使用人のやり取りも目に入らぬ様子でずっと泣き続けているスタースクリームは、ベッドに下ろされ、冷やしたタオルで目元を押さえた今も、
「お、お許しください、メガ様…ヒッ、ヒック、お許しを……」
と泣き声で繰り返すばかりだ。
救急箱を開けたのに、一向に手当てに着手出来ないメガトロンは焦れて、思わず、
「泣き止まんか、愚か者が!!」
そう一喝したが、途端に真ん丸に見開かれた大きな目からさらにポロポロと涙がこぼれ落ちてきて、メガトロンは己の失策に溜め息をついた。
昔のこいつは、もっと野心に溢れた、小憎らしいがタフな奴だった気がする。いつの間に、こんなに扱いにくくなってしまったのか…メガトロンは溜め息の向こうでそんな事を考えていた。昔の自分なら、こんな手のかかる相手などすぐに放り出していたであろうことには気が付かぬまま。
「ーー別に怒っているわけではない。ただ、お前は、そのタオルが腫れた目を冷やすための物だと解らんのか?俺は、目を腫らした奴は女々しくて好かん」
冷ややかに言ってやると、途端にスタースクリームはきゅっと唇を結び、嗚咽を堪えようとする。
嫌わないでくれと、その全身が言っている。
普段はあれだけ素直でないくせに、スタースクリームは時折こうやって、こちらがたじろぐほど真っ直ぐに心の内をさらしてくる。そして、メガトロンはその度に思い出すのだ。
あまりの跳ねっ返りぶりに手を焼いて、灸を据えるつもりでベッドに押し倒したあの時に見せた、混乱と羞恥と、なによりも隠しきれない喜びに潤んだ、大きな赤い瞳を。
もう部下には手をつけないと秘かに心に決めていたメガトロンを言葉一つ無く陥落させた部下であり妻は、そんな事実も知らぬまま主人の次の言葉を待っている。
メガトロンの指先が、濡れた頬をそっと撫でた。
「手当てするぞ」
「はい…」
鼻声ながらはっきりと応じ、スタースクリームは夫に向けて真っ直ぐ顔をあげている。
怒りのせいで手加減はしなかったはずだが、身重とはいえそこはディセプティコンの幹部、上手く身をかわしたらしく、そこまで酷い怪我ではない。
遥か昔の新兵の頃に習った手順で、メガトロンは手当てを施した。このくらいの傷なら、一週間もせずに痕も判らなくなるだろう。ラチェットの定期検診は確か年明けすぐの週末のはず。アイアンハイドの奴が口をつぐんでいるなら、手を上げたのもバレるまい。あの小生意気な軍医に、スタースクリームを『保護』の名目で拉致される事も無いだろう…多分。
「ーー終わったぞ」
治療中は大人しく目をつぶっていたスタースクリームの目が開く。
潤んだ瞳の輝きがあまりにもひたむきで、メガトロンは救急箱を片付ける事で直視を避けた。
「痛むなら、冷やせ。鎮痛剤は腹の子に悪い」
「メガ様…」
「腹の方に痛みはあるか?」
訊かれた事も耳に入らない様子で、スタースクリームは「メガ様」と同じように呟くと、おずおずとみずからの夫に身を寄せる。
シャツを掴む白い手が震える。
同じく震える声で、彼は言った。
「大嫌いなんて、嘘です…」
メガトロンの返答は素っ気なかった。
「当然だ」
いかにも彼らしい物言いに、スタースクリームの唇が綻ぶ。
くしゃくしゃに乱れた柔らかい髪を、大きな手で仔犬にするように撫でまわされると、綻んだ唇からくすぐったそうな笑い声をもらし、彼は普段なら自尊心と羞恥心が邪魔をして出来ない事を行った。
すなわち、自分から夫に抱きつき、その頬にくちづけすることを。
当然のように体を支える力強い腕は、この上ない幸福感と充足をスタースクリームにもたらした。ここ暫くの不安が、綺麗に洗われてゆく気がした。
「あ、あの…ケーキ、ありがとうございます、メガ様」
「食い過ぎるなよ。お前は甘いものなら幾らでも食うからな」
「うっ…わ、分かってますよ!」
妊娠してからは甘党の傾向が強まって、甘いものなら幾らでも食べてしまう自覚はあった。定期検診の時、ラチェットが「体重がねぇ…」と笑顔の向こうにひきつりを見せて言ってくるのも分かっていたから、スタースクリームは耳が痛い。
しかし、食べたい物は食べたいのだ。これはきっと腹の中の子供のせいなのだから、自分は悪くない。
仕方がないので、ケーキは一度に半分まで…そう思っていたら、
「一度に四分の一までだ」
と内心を見透かしたように言われ、スタースクリームは言葉に詰まった。
いつの間にこの人は、これほど人の心を読む術を身につけたのか。
「あ、あの、メガ様、そこ、あ、開けて下さい!」
これ以上先回りされては堪らないと、スタースクリームは大慌てでベッドサイドのチェストを指差す。特に何の疑問も持たず、大きな手が中から細長い包みを取り出した。
「なんだ、これは?」
「クリスマスプレゼントです」
「そうか」
包みを破り、現れた箱を開けたメガトロンの目に僅かに感心の色がよぎったので、スタースクリームはほっと息を吐いた。彼の手の中で、銀色の輝きは思った以上にしっくり馴染んでいる。
「いいペーパーナイフだ。この重みは純銀だな」
「はい。先月、前のを折ったと言ってましたよね。それで…」
「覚えていたのか」
「それは、まあ…」
オプティマス・プライムとの口論の末に、怒りのあまりへし折ったと夕食の席で聞かされた時は、夫の凶暴さを誰よりも知っているスタースクリームでさえコメントに窮したのだから、忘れようはずがない。
その後、ラチェットにこの件を溢すと、
ーーオプティマスは執務椅子の背もたれをへし折ったらしいから、メガトロン卿のほうが幾分マシだな。褒めてやったらどうだい?
と言われ、絶句した。いい歳をした国のトップ二人で、いったい何をやっているのか。そもそも、何を褒めろと言うのか。殴りあいに発展しなかった事か?
「今度は折らないで下さいよ」
「それは奴しだいだな」
夫からのコメントはいささか先行き不安な匂いがしたが、照明に輝く鷹の細工や所々にあしらわれた貴石をすがめた目で検分する横顔は機嫌の良いものだったので、もう一度ほっと息を吐いた。
しかし、プレゼントを置いてゆっくりとこちらを向いたメガトロンの表情に、彼の心臓は瞬時に跳ね上がることになる。
にやりと歪んで犬歯をあらわにする口許…これはメガトロンが何かを謀っている時の貌だ。
「あ、あのぅ、メガ様…?」
「スタースクリーム、このペーパーナイフは中々値が張っただろう?少くとも、ケーキと引き換えでは割にあわんな」
内心、スタースクリームは震え上がった。結婚以来、メガトロンは寝室でもかつてのような制裁めいた行為をしなくなったが…まさか。
「い、いえ、そんな!メガ様のお心のこもったケーキですから、金銭には代替出来ない価値が…」
「要らんのか、そうか」
メガトロンは妻の言葉を遮った。
「無欲になったなスタースクリーム、そうか、残念だな。ちょうどここに、先程手に入れたばかりのプラチナの指輪があったのだが。そうか、不要か」
メガトロンの親指と人差し指の間で輝く美しい装飾品は、勿論スタースクリームが投棄した結婚指輪で、瞬時に真っ赤になった彼は何もない薬指を隠し、小声で訴えた。
「あの、それ……返して下さい…」
メガトロンの口許がさらに愉快そうに歪んだ。
「要らんのではなかったのか?」
「要ります!必要です!すいません、先程の事は私の過失でした。どうか、お許しを」
「必要か、そうか」
「はい」
「もう、投げ捨てたりはせんな?」
「はい」
「もう、往来で男に抱きついたりもするな」
「はい」
「アイアンハイドと会うのは許可する。ただし、俺の目の届く所でだ」
「はい」
「たしか、指輪の交換の後は、誓いのキスだったな」
「はい……は、え、はっ?!」
思わず惰性で返事をしてしまったスタースクリームは、次の瞬間、噛みつくようなくちづけを受けた。
冷ややかな美貌のメガトロンは、しかし、触れてみると驚くほど熱い。合わさった唇から体内に流れ込む熱気に、きつく体を抱き寄せる逞しい腕の感触に、スタースクリームは簡単にとろけた。顔に触れる髭のくすぐったさも、外気と混じりあった体臭も、すべてが堪らなかった。
今朝もしたのに、なんだか久しぶりに思えるくちづけを堪能し、キスの間に薬指に戻ってきた結婚指輪を安堵とともに一瞥したスタースクリームは、勝ち誇ったような顔をしている夫に、羞恥も自尊心も何もかも放り出して訴えた。
ーーもう一つ欲しい物があります。
と。
勿論、メガトロンが否と言うわけがなかった。

「ーーあ、アンッ、ア、もう、アッ…メガ、様!」
ベッドの上でスタースクリームは、シーツから浮くくらいに背をのけぞらせた。
それでも、下からの水音はやまない。メガトロンの愛用するコロンと、ローションの甘いダマスクローズの香り、それに混じる生々しい体液の匂いが部屋を満たし初めてからもう30分は経とうとしている。その間ずっと、スタースクリームはされるがままに喘ぐ以外なにもできないでいた。
結婚をして…いや、妊娠が発覚してから、メガトロンはベッドの上では格段に優しくなった。殴られることも一方的な奉仕を要求されることも、体力の限界を超えた行為を強いられることもなくなり、何より朝まで共に眠ってくれるようになった。スタースクリームとしてはそれだけでまるで夢心地で、夫との性生活にこれ以上求めるものなど無いとさえ思っていたのだ。だから…。
「メガ様ァ、あ、ダメッ…あん、ダメ……そこイイから、変になるっ、変になっちゃうからぁ…アアン!」
初めての一方的な奉仕に、スタースクリームはまだ挿入に至ってもいないというのに、声を振り絞って啼き喚いた。強すぎる快感を逃がそうとうねる腰を、メガトロンの手は易々と押さえつける。皓々と明かりが灯ったままの部屋では、大きく開かされた足の間の奥までもあらわだった。すでに髪の一筋までも捧げた肉体だが、自分でも目にしたことのない場所を暴かれているかと思うと、身の内を焦がすような羞恥に、それが煽りたてる快楽に、スタースクリームは啼いた。
「も、いく…イクッ、メガ様、もう、や…ーーアッ、アアァーッ!!」
かん高い叫び声とともに、スタースクリームはシーツをくしゃくしゃに乱したベッドに身を投げ出した。あまりの快感に痙攣が止まらない。これから夫のあの凶暴なモノ入ってくるのに、これでは身が持たないのではないか。
「スタースクリーム」
肩を喘がせながら息を調えているところへ、ベッドをきしませ、メガトロンが覆い被さるように覗き込んでくる。舌舐めずりする彼のあご髭を濡らしているのはきっと自分が噴いたものだ…羞恥と満たされた独占欲に心を乱れさせたまま、スタースクリームは逞しい首筋に腕を回した。
ぐいっと広げられた足の間に、メガトロンが入ってくる。とろとろになっているに違いない場所へ、焼けるように熱く硬い物が押し付けられる。それだけでスタースクリームは喘いだ。
熱い。ゆっくりと大きな塊が体を裂いて侵入してくる。気が変になりそうな熱さだ。腰を押さえつける手も火傷しそうに熱い。甘やかすように目蓋や鼻筋を掠める唇も、また。
「アッ、アアア…!」
スタースクリームはすがった背中に爪を立て、肺の奥から感嘆と幸福の入り混じった息を押し出した。
「アアッ、メガさ…」

「ーースタースクリーム、ひとつ訊きたい事がある」
突然過ぎるほど突然に、こんな状況下に相応しからぬ冷静な声で言われ、スタースクリームはとろけかけていた目を見開いた。
こんな事を行っているのだから当然だが、ごく至近距離にメガトロンの顔がある。端整なその顔も、声と同様に冷静だった。こんな…ナニの先っぽがアレに侵入しかけてる状態なのに!
「あ、メ…メガ様、な、いったい……」
「それだ。その呼び方だ」
突然の展開と、中途半端ながら無視できない快感に混乱する妻に、夫はもう一度言った。
「さっきから…いや、街中でも言っていたな、お前の使っているその寸詰まったような呼び方はなんだ?」
「いっ、あっ、えっ、あ、あの…」
「はっきり言わんか」
「ひっ、ああっ!」
先端だけ突き入れられたモノで掻き回され、体が跳ねた。入り口は圧迫されて苦しいのに、奥は切なくうごめいている。
「そんなこと、より…アッ、は、早く挿れ…て!」
「ならば早く言え」
「や…アアン!」
急かすように入り口で動かされて、スタースクリームは半泣きになった。相手の腰に両足を絡みつかせ引き寄せようとしても鍛え上げられた体はピクリとも動かず、また、腹の子が心配であまり暴れることも出来ない。
「メガ様…メガトロン様、い、挿れて下さい、挿れて…アア!」
「答えが先だ。夫婦間に隠し事はいかんな」
「やあっ、あ、欲し…アアン!」
「言え」
スタースクリームは頑張った方だろう。しかし、この手の駆け引きで、夫が初めての相手であったような彼が、海千山千のメガトロンに敵うはずもないのだ。
じっとりと焦らす動きのせいで、胸を、首筋をはい回る舌のせいで、激しく身もだえ溢れるものでシーツをびしょびしょに濡らしながら、スタースクリームはついに陥落した。
「ヒッ、ヒック、け、結婚したから…」
悲しみでなく、快楽で顔中を涙まみれにした情けない顔で、スタースクリームはしゃくりあげた。
「夫婦になれたから、わ、私だけの呼び方を、したくて」
「ほう」
「ヒッ、う…でも、あなたに嫌がられるのが、恐くて、心の中だけでしてたのに、今日は、つい……ご、ごめんなさい、メガトロン様、ごめんなさ…ーーアアアッ!!」
勢いよく体内を突き上げられ、スタースクリームは喉を反らせて絶叫した。
丹念にほぐされ、さらには散々焦らされたそこは、圧迫感とわずかな痛みを上回る快感に我を忘れたように、灼熱の巨大な塊を貪欲に呑み込んでゆく。
スタースクリームは快楽の大きさに半分意識を飛ばしかけながらも、メガトロンにすがった。自分をこんな目にあわせているのは腕の中の男なのだと分かっていても、他にすがるものは無いのだ。
今や、自分の世界には、この男しかいないのだから。
「ーーア、アンッ、ア、アッ、アッ!」
焦らされたせいで、体はすぐに高まっていく。ただでさえ、まるであつらえたように、反り返ったメガトロンのモノはスタースクリームのポイントを的確に突いてくるのだ。このときばかりは腹の子供の事を忘れ、スタースクリームは快楽に溺れた。
「アッ、アアッ、もうイクッ、イッちゃう、アッ、アッ、アーッ!」
激しく揺さぶられ、口一杯に悦びの悲鳴を上げるスタースクリームに、さすがに息を荒げたメガトロンが、とどめのように一際深く突き上げる。
中にほとばしった灼熱に、スタースクリームの口が絶叫の形に開いたが、声は出なかった。正しくは、出すこともできなかった。
中から熱い塊が引き抜かれ、シーツにゆったりと体が沈むと、いつもそうであるように、無事を確かめるように大きな手が腹に触れてくる。
あまりにも深い満足感に眠りの世界に飛びかける意識を繋ぎ止めたのは、目蓋に、頬に、そして耳朶に繰り返し触れるメガトロンの唇のおかげで、スタースクリームは腹の上の手に手を重ね、甘えるように呼び掛けた。
「メガトロン様…」
夫からの返答は短かった。
「メガ様、だ」
スタースクリームの目が見開かれ、彼は涙を滲ませながらもう一度呼んだ。
「メガ様、メガ様……だい、大好きです…」
夫からの返答は、彼らしい噛みつくような口づけだった。

クリスマスの朝。
久し振りの激しい情交による疲労に(どんな体位で何回したのかは、恥ずかしすぎるから忘れてしまいたい)泥のように眠り込んでいたスタースクリームだったが、軍人時代の習慣か、低めた声で交わされる会話に目が醒めた。
重い目蓋をこじ開けて傍らを見ても、広いベッドの上に夫の姿は無い。
しかし、声はする。
散々突き上げられ溢れるほど注がれたせいで鈍痛に貼り付かれたような腰を庇いつつ、そして最近朝になると腹の中でじたばた暴れている我が子の圧迫感に耐えながら寝返りを打つと、ガウン姿のメガトロンがカーテンを開いた窓辺に立ち、電話の子機を耳に当てていた。
基本的にメガトロンは、寝室で仕事の電話を受けるのを好まない。もしどうしても出なければならない時は、書斎に回してそちらで出るのが常だった。以前、セックスの最中にかかってきたサウンドウェーブからの電話に出るため、イク寸前でほったらかされた経験があるから、間違いない。
だから、今、こちらに背を向けて彼が話している相手は、プライベートの、それもごく親しい相手ということになる。
ーーだれだ?
メガトロンの口調は明るい。
誤解だったとはいえ、相手がレーザーウェーブだったら嫌だな…と、スタースクリームは暖かな寝床の中で丸まって、薬指を撫でた。
「では、また来週末に」
そう締め括ってメガトロンが通話を終えたのは、それから15分は経ってからだった。長電話なんてしない夫の楽しげな声を延々と聴かされたスタースクリームは、その頃にはすっかりへそを曲げていたから、
「スタースクリーム」
と呼ばれても、返事もせず団子虫のままでいた。
「おい、スタースクリーム。起きてるのは分かっているぞ」
内心ギクリとしたがそれでも無視を決めこんでいると、溜め息を吐いてメガトロンが離れていく。
勝ったような気分でほくそ笑んだ途端、足首を鷲掴まれ、悲鳴をあげる暇もなくベッドから引きずり出される。
腹を庇って青くなったが、着地したのは床でなく力強い腕の中で、すぐ近くにメガトロンの顔があった。朝陽に銀色の睫毛がきらめいて、昨夜の激しさを物語るように体臭に入り混じって濃い汗の匂いがする。
「あ、あの、おはようございます、メガトロ…メガ様」
「話がある」
いとおしげに顔に触れてこようとした妻の行動に見向きもしない様子で、メガトロンは方向転換した。
昨夜あれだけ愛し合ったと言うのに、自分の事など見向きもしない、どこか上の空の夫に、スタースクリームはだんだん腹がたってきた。
だから、抱き上げられたまま隣接する浴室につれていかれ、ローズマリーのまろやかな香り漂う湯に下ろされるなりパッと腕から逃れ、続いてメガトロンが入ってきても浴槽の隅でそっぽを向いていた。
「おい、スタースクリーム」
「…………」
「スタースクリーム、話があると言っただろう」
「は、話なら、電話の相手とでもしたらいいじゃないですか!」
「何を拗ねている、せっかくのクリスマスの朝に」
妻が電話相手に可愛らしく嫉妬している事を重々承知のメガトロンがからかうように言えば、スタースクリームはムッと唇を尖らせたが、指先でチョイチョイと呼ばれれば、人馴れしない猫のようにそろそろと近付いていく。
広い作りとは言え、所詮は浴室だ。すぐに夫の固い胸板に到達した彼は、
「メガ様は本当に意地悪です、この性欲大帝…」
と文句を呟きながらも甘えるように抱きついたので、これにはメガトロンも珍しく苦笑するしかなかった。
「安心しろ、ラチェットからの電話だ」
「ラチェット?」
思いがけない名前にスタースクリームが聞き返すが、大きな手が湯の中でゆったりと丸くなってきた腹を撫でてくれるから、少しも不安はなかった。
父親が傍に居るのが分かるのか、中で子供も動いている。どうやらこの子は父親が好きらしい。
スタースクリームはスパークを満たす幸福感に、そっと夫の胸に頬を擦り寄せた。
「検診日の変更ですか?」
「いや」
「では、なんですか?クリスマスの挨拶?」
「…俺と奴は折り合いが悪いから、よもやこんな日にこんなプレゼントを寄越して来るとは思わなかったが…ーー」
「え?」
「ーー女だ」
スタースクリームは腕の中から夫を見上げた。
「そして男だ」
ますます訳が解らず混乱している妻の腹を、メガトロンが慈しむように撫でた。
「双子らしい」
「ふ、ふた…?!」
思いがけない『プレゼント』に口をポカンと開けるばかりの妻に、メガトロンは機嫌のよい笑い声をあげ、そして腕の中の妻を…いや、三人の家族を、破壊大帝の呼び名とはかけ離れた優しさで抱き締めた。
「でかした、スタースクリーム。俺へのこれ以上はない贈り物だ」

それは父親そのものの声だった。

終わり

オマケ☆お前の名はオプティマス

「やあ、メガトロン」
「何の用だ、プライム」
昼時、国民が憧れるあの笑顔を浮かべ、自分の部屋のような図々しさで執務室に乱入してきたかつての友人であり敵であった、今は国家の片翼を担う男を、メガトロンは無感動な目で一瞥した。
「そろそろ昼食時間だからな、一緒にどうかと思って」
「メシくらい一人で食うがいい。女子供でもあるまいに」
「一人で食べる食事なんて味気ないじゃないか!お前はいいよな、メガトロン。お前にはいつもレーザーウェーブが居るし、帰宅したら妻も待ってるし…」
「わかった、黙れ」
腐れ縁とも言える男は、停戦後すぐに嫁をもらったメガトロンに対して、ひがみとも冷やかしともつかない事を度々口にする。かと言って、あちこちから差し出される見合い話や地位や金を狙って色目を使ってくる艶やかな花たちに目をくれる訳でもないから、この件に関してはメガトロンも対処のしかたに困る。
「おい、レーザーウェーブ」
こいつを手っ取り早く黙らせるには、殴るか口に物を入れてやるかのどちらかだと経験上わきまえているメガトロンは、腹心の部下に目配せする。こんなやり取りは日常茶飯事なので総てを了解した微笑と共に身を翻した彼は、隣室から茶器と食事の詰まったバスケットをワゴンに乗せて運んできた。
「オプティマス閣下の分もございます。わたくしの手作りで申し訳ないのですが、お口に合うようでしたらお召し上がり下さい」
「やあ、私の分もあるのか!どうして今日の昼に来ると分かったんだ?!」
「レーザーウェーブはなんでも分かるんだ」
もっともらしくメガトロンは言ったが、昨日オプティマスの副官から、
ーー明日はみんな出払ってしまうから、うちの寂しがりやの国家元首様がそっちに押し掛けると思う。よろしく!
とレーザーウェーブに情報がリークされたことは、あえて暴露する必要もないことだろう。
「お二人とも、失礼致します」
いささか行儀が悪いが、メガトロンは昔から執務机で食事を済ませる。レーザーウェーブはオプティマスに椅子を薦め、手早く書類を片付けてテーブルクロスを敷き、カップにお茶を注いでバスケットから次々と料理を取り出した。
「こちらがローストポークのきのこクリームソースサンドイッチ、魚のカツレツのハーブソースサンドイッチ、どちらもパンはライ麦パンです。こちらはトマト風味の羊肉のミートパイ、こちらがニシンのマリネ、こちらはラディッシュとキュウリのヨーグルトサラダになります。春きのこの塩漬けとキャベツのピクルスもいかがですか?」
「やあ、美味しそうだな!」
「美味しそうではない、美味しいんだ。こいつの料理に間違いはない」
「恐縮です、閣下」
にこやかなレーザーウェーブに見守られながら、窓からさしこむ春の陽射しの中、この国の二大権力者は揃ってサンドイッチにかぶりついた。
「あー、旨いな、このソースの香りが素晴らしい。始祖最高議会の議員との食事よりずっと旨いよ。あ、レーザーウェーブ、そのニシンを取り分けてくれ……ところでメガトロン、子供は順調なのか?」
「ああ、すこぶる順調だ。ーーレーザーウェーブ、俺にもくれ、ピクルスもだ。順調過ぎて腹が重いらしく、スタースクリームはかなりしんどそうにしているがな」
「双子だったな」
「ああ」
「メガトロンが父親になるのかー」
口についたソースを指先で拭いながら、オプティマスが深い溜め息のような声で言う。
「破壊大帝が父親になるのは可笑しいか?」
「いや。むしろ彼が君の妻になれたことに驚きだよ。彼は容姿はいいしパイロットとしてもこの国でトップレベルだが、良妻賢母タイプとはとても思えないからね。君が落ち着く時に傍らに居るのは、レーザーウェーブみたいなタイプなんだろうと、私は若い頃から思ってたよ」
「ずいぶんだな、プライム。俺の子を産む者を侮るか」
「客観的な事実じゃないのか。こんな旨い料理を作れる訳でもないんだろう?ーーあ、レーザーウェーブ、私にそれを一切れ」
のんびりした口調で結構きつい事を口走る国家元首にはらはらしていたレーザーウェーブだが、予想に反してメガトロンは何を言うでもなく、料理にフォークを立てる旧友で旧敵の目の覚めるように麗しい美貌を見詰めていた……含み笑いを隠すように。
「んっ!このアップルパイ、ちょっと焦げてるが旨いな!リンゴの下に薄く敷いてあるカスタードと、ラムレーズンがいいし、アーモンドパウダーの隠し味なんて最高だ。端は焦げてるが、こんな旨いアップルパイは初めてかもしれない…菓子も上手いものだな、レーザーウェーブ」
主人の意図を理解したレーザーウェーブは、苦笑を見せながら新しい茶を二人のカップに注いだ。
「オプティマス閣下、おそれながら、それはわたくしが作った物ではなく…
「俺の妻が作った!」
椅子にふんぞりかえるようにして、メガトロンが言った。戦場で勝利宣言するような声だった。
「俺の妻が作ったアップルパイは旨かっただろう?貴様も一国の長ならば、潔く前言を撤回すべきだな、プライム。俺の妻は菓子も作れ、子も産める。破壊大帝メガトロンの正妻として、なんの不足もない」
「…くっ、メガトロンめ!そんな口がきけるのも今だけだぞ。ーーあ、すまないなレーザーウェーブ、ごちそうさま!」
意味不明の捨て台詞を吐きながら、レーザーウェーブが展開を予想して包んでおいたベイクドチーズケーキとアップルパイを嬉々として受け取ったオプティマスは、ドアを開け放ったまま出ていった。
いったい何の勝負をいつからしていたのか不明だが、それを問うのは無意味なことだ。これもまた日常茶飯事なのだから。
「閣下、スタースクリームが、今度はドーナツかシフォンケーキを習いたいと…」
レーザーウェーブはドアを閉め、振り向いたところで口をつぐむ。
そして静かに微笑むと、新たに切り分けたアップルパイをそっと、けして主人の邪魔をしないように机に置いた。
机の引き出しに隠した妻の写真を見詰める主人の幸福そうな横顔を見守る……この静かな時間こそ、彼にとっても戦場を抜けてたどり着いた、この上ない至福の時間であったのだ。

《終》

————————————————————–

みんな(;゚∀゚)=3ハァハァした!?したよね!?
サンタさんは実在したのです!上げるの遅くなってごめんね・・・!
メガスタ夫妻のお子さんは男女双子とかもうどんな愛らしい子が生まれるのか期待大ですよ!
個人的には女の子はメガ様に似て、男の子はスタに似たらいいと思います。
ほら、父母逆に似るって言うじゃん!w
まぁどっちに似ても周りが苦労しそうだなぁwww頑張って、光波さんww
あ、育てるのは彼らしいですよ!w
ちなみに、メガ様がいつも眺めてニマニマしてる写真は私が落書きした絵のやつらしいですぜ!なんという光栄!(;゚∀゚)=3ハァハァ
megasuta105

これ↑
ニマニマしていただけるなんて、カメラマン冥利(?)につきます!

ありがとう菊地さん!今後もどんどん爆撃待ってます!ww

 

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